もっとわすれる!

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日記⑩+⑩+⑩+⑩+⑩+⑥ ゴリラのマスキングテープと「茶碗むしのもと」が세계관합체(世界観合体)する瞬間

2月1日

朝から夕方まで楽しいメンツでバイト。おばちゃんにもらった人生最高のスコーンを食べて「ベスト!エバー!」と言うたりするご機嫌な1日。

2月2日

牛角でたらふく食べてバイトへ。ワンマンで回してる時に忙しさのあまり泣きそうになった。22歳の男でも普通に泣けてしまうんだなと思った。本当に疲れてバタンキュー。

2月3日

なんでも無い時間を愛する難しさを痛感する。刺激が足り無いとすぐに飽きたり退屈に感じたり「シロ!」なんて思ったりしてしまう厄介さ。そもそも刺激が強いってどういう状態なんだ。常に満たされているってなんだ。常に身体のどこかしらに蚊に噛まれた箇所を抱えているくらいの方が、うまく集中力が削がれていいんじゃないか。いいわけないか。だけど「蚊に噛まれた」ようなものが欲しい。すぐに僕を今ここからログアウトさせてくれる痒さのようなものが常に欲しい。

Walmartのぬいぐるみコーナーに誰かが突然マインドを変えて置いて行ったゴリラのマスキングテープがあった。ぬいぐるみコーナーにゴリラのマスキングテープがあるような生活じゃなきゃダメだ。

『ねじまき鳥』で笠原メイが手紙に「茶碗むしのもと」の例を用いて書いていたことが、手に取るようにわかった。例えば視覚的には○に見えているのに触覚的には△であるようなそういうちょっとした奇怪が起きないことの方が奇怪だ。

佐久間さんのYouTubeの100ボケ100ツッコミ、ななまがりを観る。ななまがりのボケ「パラレルワールドの○○です」は見えているものと「そんなわけないもの」が今目の前で衝突をするから、先にも書いた「奇怪でいて、それでこそacceptable」に似ている。「茶碗むしのもと」が「マカロニ・グラタン」になるくらいのことが起きなければ不条理を見過ごすだけになってしまう。自分ごと受け入れるには奇怪が無いと。それで言えば小田急線の新百合ヶ丘駅は奇怪でしかない。右からホームへ滑り込んできた電車が左へ行くかと思ったらもう一度右へ帰っていくんだから。(あれは何度くらっても許せない)

相交わら無いと思っていたコミュニティ同士の誰かと誰かが知らない間に繋がりを持っていることを韓国語で「세계관합체(世界観合体)」と表現するらしい。日本語でもルフィが火影を目指し始めたら「いや、世界観合体してもうてるやん!」みたいに使うかもしれないが一つの言葉としては定着していない。ともかく、驚きを伴うほど離れたコミュニティの誰かと誰かが繋がること。こちら側の文化圏とあちら側の文化圏に共通の言語が存在したような「世界観合体」は奇怪でありつつ、"そういう風にして世間は回っているよな"と妙に納得できる瞬間でもある。

 

追伸

並列という暴力 - もっとわすれる!

かつて、「と」で並列された全くミャクラクの無い2単語を集めて書いたブログのタイトルに僕は「暴力」という言葉を使っていた。

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