3月1日
60回目の日記。起き抜けのコーヒー。ビーバードゥービーのPicture of Usを聴きながらバス停へ。
昼にはフードコートでパッタイを食べた。よく晴れた日で、風は冷たくも心は穏やかだった。彼女はバイトの面接を終え神妙な面持ちで話をする。どうやら受かったらしいと理解するまで2分はかかった。
3月4日
朝からR-1を観た。なんかネタのレベルが低かった。テレビ慣れしてない感というか。寺田寛明とこたけ正義感が面白かった。どっちがどっちか、いまだに弁護士バッチで判断している。
3月13日
倦怠感が身体にまとわり続けてる。
3月24日
2 days leftになった今日、人生1のチョコレートブラウニーに出会った。だいたい僕はラズベリーとチョコの組み合わせに弱いのね。バンクーバーで出会った人生1ラインナップにはチョコレートスコーンとパッタイもある。LAでは人生1のカフェラテを飲んだ。味覚には体調が大いに作用する。人生1だと言い切る潔さを、体調の良い時には兼ね備えているということになる。
僕たちには共通の言語ある。日本語や英語のようなあるまとまった人々が意思疎通をするために使うものではなくて。ただの数字がある特定の駅名を表すことがある。まあそういうことに気付く日があるということ。
4月17日
奔走には奔走なりの責任を。(とは言いつつ)若さには若さなりの無責任を!
4月18日
昨夜、今晩と年下の少年たちと飲んで刺激をもらった。"人と繋がっている"という感覚にするのはいつもリアルな、ここにある実感だと思った。それは双方向へのリスペクトであって、憧れであって、ときおり雷にも勝る共感である。